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熱闘甲子園の司会者に決定した「古田敦也さん」の子供の頃から監督になるまで!

      2015/08/09

 

前回の記事では、「熱闘甲子園2015の司会者&テーマソング&放送時間が決定!」についてお伝えしましたが、今日は、そのメインキャスターを務められる、「古田敦也さん」をリサーチしたいと思います。

 

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世界陸上でメインキャスターをする「中井美穂さん」の旦那さんで、ご存知の方も多いと思いますが、元プロ野球選手の古田敦也さんは、どんな人なのでしょうか?

 

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その前に、「熱闘!甲子園」とは、30分番組で、その日の高校野球の試合のハイライトや、注目選手などを紹介する番組です。

熱闘甲子園と言えば、「長島三奈さん」のイメージがするのは私だけでしょうか?

 

『熱闘!甲子園』のキャスター、古田敦也さんのプロフィール!

 

  名前      古田敦也(ふるたあつや) 

  生年月日    1965年8月6日

  出身地     兵庫県川西市

  身長      180㎝

  体重      80kg

  投球・打席   右投右打

  ポジション   捕手

 

 

小学校3年生の時に、地元の兵庫県にあります川西市少年野球チーム『加茂ブレーブス』に入団。太っていたからと言う理由で捕手をするようになったようです。漫画ドカベンの影響でしょうかね~(^_^;) でも、ドカベンがなければ、捕手古田敦也でなく違う守備の古田選手が見れたかもしれませんね。

 

中学校では地元の川西南中学校に通っていましたが、いじめに遭い中学1年の時に宝塚市立みなみひばりガ丘中学校に転校したそうです。野球の才能を上級生から妬まれたのがいじめの原因だったそうです。そんな事をしたからって、自分の方が上手くなる訳ではないのにね(ー ー;)

 

でも、「彼がいなければ、僕がレギュラーになれるのに!」って上級生が思う事も、ある意味自然なのかも知れませんが、それでいじめをするのは、ダメな人だと思います(ー_ー)!!

 

高校生~大学生時代

 

高校は自宅から通える、「兵庫県立川西明峰高等学校」に進学し野球部に所属!高校3年生の時、夏の地区予選は2回戦で敗退し高校で野球は終わり!と思っていたそうです、

 

その夏、兵庫県の代表校は尼崎市立尼崎高等学校が出場し、古田敦也さんが後にヤクルトスワローズでチームメイトになる「池山隆寛さん」『すごい選手もいてるんやなあ~』と思いながら、甲子園で市尼の試合を見ていたそうです。

 

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その後、古田さんは、一般入試で関西大学と立命館大学に合格しましたが、関西大学野球リーグでは、当時立命館大学よりも関西大学の方が強豪だったこともあり、また、自宅から通えると言う理由で関西大学に進学を決めたそうです。

 

立命館大学硬式野球部の監督からの勧誘があったそうですが、お断りの為に大学に挨拶に伺ったら、歓迎され断りきれず立命館大学への進学先を変更したそうです。

 

ここでの分岐点で、関西大学に進学していたら、その後の人生は大きく変わってたんでしょうね^^大学時代、関西学生リーグで通算77試合に出場しベストナインに4度も選ばれました\(^o^)/、

 

3年生の時は立命館大学を春季・秋季連続優勝へ貢献し、4年生の時には大学野球日本代表メンバーにも選ばれるほどでプロ各球団からも注目されたそうです。

 

社会人野球~プロ野球へ

 

大学時代に活躍された古田さんは、ドラフトで指名されると思っていましたが、どの球団からも指名はされなかったそうです。その後トヨタ自動車より勧誘があり入社。トヨタ自動車の硬式野球部に入部ししました。1年目から正捕手として試合に出場し、都市対抗野球大会では大活躍されました。

 

大学4年からの2年後のドラフト会議で、ヤクルトスワローズから2位指名されヤクルトへの入団が決まったそうです。監督に就任したばかりの「野村克也さん」が古田さんを見て『眼鏡をしてるが大丈夫か?』と言い、スカウトの方には指名を辞めるように言ったらしいです。

 

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しかし、ヤクルトのスカウトマンが野村監督の意見を拒否し古田さんを指名されたそうです。(素晴らしいですね^^)

 

サッカーの「柴崎岳選手」も青森山田高校のサッカー部との出会い、古田さんも立命館大学硬式野球部の監督や、ヤクルトのスカウトマンとの出会いで人生が変わりましたよね。それって、その人たちが持ち合わせた強運なのでしょうかね(^_-)-☆

 

プロ野球入団後の成績

 

当時、ヤクルトスワローズの監督だった「野村克也さん」は、古田選手を見て、「肩は一流だが、打撃は二流、リードは三流や」と言われたそうです。

 

そこで、野村監督は古田選手の強みを生かすべく、徹底的に”強み”である「肩」をマンツーマンで指導し、「一流から超一級品」へ育て上げました。

 

その後、首位打者1回、最多安打1回のタイトルを獲得するほどまでに、打撃力の方も向上し、リーグ優勝にも貢献するほどの、押しも押される「日本の正捕手」になりました^^日本シリーズでは、オリックスの「イチロー選手」との心理戦は見応えタップリでしたよね^^

 

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2006年からは、プロ野球29年ぶりになる、選手兼監督として、シーズンを戦いました。代表的な言葉で、「代打 俺!」というフレーズが有名になりましたよね^^

監督としては、厳しいシーズン成績となりましたが、素晴らしい野球人であり、とても素敵な方だと思っています^^

 

 

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